2006年02月17日

囲碁普及 囲碁は道具!?

 以前にも、昔の日本人と今の日本人では、囲碁に対する認識が違っているのではないか?という事を書きました。
 現代では、普通一般的な囲碁に対する認識は、恐らく「ゲーム、レクリエーション」等では無いかと思います。

 一方、ゲームというと、日本ではお家芸?のテレビゲーム等を連想する人も多いと思いますが、ゲーム理論という用語がありますが、海外では頭脳ゲームそのものを、教育補助に役立てようという思想を持っている節があります。
・トンプソン中学校レポート
・アメリカの公立小中学校の子供達に囲碁を教えた結果の報告書
国際マインドスポーツ協会―IMSA設立へ

 目を転じて現代日本では、というと「棋力至上主義」の様な状況となり、これが入門者の排除に繋がったり、囲碁を教えると言うよりも、自らの棋力向上を…来年は○段を目標に、といった状況になっているのでは無いでしょうか。
 これが、囲碁=ゲームという認識になっている大きな要因では無いかと思います。

 NHKニュースで報道された様に、囲碁で前頭前野が活性化する事が証明されたのに加え、情緒や感性を司る右脳も活性化します。
 そして、更にもう一つ付け加えるならば、囲碁そのものに、様々な示唆的要素があります。よく人は「囲碁は人生の縮図だ」と言いますが、これだけは中々、囲碁を知らない人から見れば、囲碁好きの大言壮語・妄言にも聞こえるかも知れません。

囲碁は経営に似ている?

 初心者の内は、石を取る事に集中する傾向があります。それは、理解がし易い・判りやすい為でもありますが、しかし、目が慣れていないので、石を取る事に夢中になる余り、自分の石の断点が出来ても気が付かず、「取ろう取ろうは取られの元」という格言どうりの結果を招く事になります。

 同じ様な事を繰り返して痛い目を見た後に、少しずつ開眼して行く訳ですが、初心者程近視眼的になっていて、全体を見渡しての判断が、出来難い性質を持っています。
 これは自分自身でもそうだったし、他の多くの初心者の対局を見ましたが、同じ傾向を持っています。

 例えばある部分的な局地戦で、初心者なら何度か手を入れて、相手を倒そうとします。しかし、上手の人は相手を小さく活かすか、捨石にしたりして、より大きなところへ進む事をします。
 もちろん、全体を見れている場合ですから、状況によって必ずこの通りとは言えませんが、強い人程大局観に優れている点は、間違いないでしょう。

 欲張ったり気負ったりすると負ける、不思議な囲碁ですが、こうした点等を通じて、経営者の方の多くは「囲碁は経営に似ている」という事を述べています。
 ビジネススクール等を手がける、グロービスの堀義人氏も、そういった自論を持つ人物の一人です。

囲碁を基礎体力作りに

 現代社会で問題となっている事柄は、前頭前野の働きとかなり関連性がある様に感じられますが、囲碁自体にそういった問題を克服して行くだけの可能性を多分に秘めていますが、囲碁を打ちさえすれば道徳観が向上する訳でも、数学や社会の成績がよくなったり、起業できたりする訳では、無論ありません。

 しかし、野球選手やサッカー選手がランニングをするのも、別にそれで技術が向上する訳ではなく、体力作りの為に行っている訳です。
 如何に技術面に優れている選手でも、10分と持たずに肩で息をする様では、試合には出れないでしょう。
 その為の基礎的な体力作りの為であって、囲碁も学生や社会人の為の、脳の基礎体力作りとして、ランニングの役割を果たすのでは無いかと思います。
posted by SeaChild at 18:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁普及| Edit
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