2006年02月25日

雑記 初優勝・第7回農心杯

 24日に行われた第7回農心辛ラーメン杯世界囲碁最強戦ですが、依田紀基碁聖が日本初優勝を飾りました。
 この棋戦、過去は韓国の李昌鎬九段が全て勝っており、又3連勝で決勝に挑んだ依田碁聖との対戦成績は、通算で9勝9敗だったかで、かなりいい勝負をしていた様です。

  • 最終戦(2/24) 依田紀基九段(日本) 対 李昌鎬九段(韓国)
     結果、依田紀基九段の黒番中押し勝ちで日本チームの優勝!
  • 第13戦(2/23) 依田紀基九段(日本) 対 孔傑七段(中国)
     結果、依田紀基九段の白番中押し勝ち。
  • 第12戦(2/22) 趙漢乗八段(韓国) 対 依田紀基九段(日本)
     結果、依田紀基九段の白番中押し勝ち。 
  • 第11戦(2/21) 趙漢乗八段(韓国) 対 常昊九段(中国)
     結果、趙八段の黒番中押し勝ち。

 上記の模様は、幽玄の間でも中継され、決勝では高尾紳路本因坊、三村智保九段、柳時熏九段、現地(上海)から参加の匿名棋士、その他観戦の匿名棋士を織り交ぜての超豪華な解説(雑談?)手(チョキ)となりました。

 なんでも、現地では中国棋士側の検討に約50名程の報道陣が集り、また全体でも100名程の報道関係者映画が集るなどの熱気だったようです。決勝は当然ながらTVTV中継となった関係で、午後2時からの対局となりました。

― 過去の農心杯成績 ―
  • 第1回
    李昌鎬○●馬暁春(中)【韓国優勝】
  • 第2回
    李昌鎬○●加藤正夫(日)【韓国優勝】
  • 第3回
    李昌鎬○●周鶴洋(中)【韓国優勝】
  • 第4回
    李昌鎬○●羅洗河(中)【韓国優勝】
  • 第5回
    李昌鎬○●林海峰(日)【韓国優勝】
  • 第6回
    李昌鎬○●族檄(中)【韓国優勝】
  • 第7回
    李昌鎬●○依田紀基【日本優勝】ぴかぴか(新しい)
参考リンク
農心杯戦(日本棋院)
和服で挑む依田碁聖1
和服で挑む依田碁聖2
和服で挑む依田碁聖3
(リンク切れの可能性アリ)
辛ラーメン(笑)
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2006年02月17日

囲碁普及 囲碁は道具!?

 以前にも、昔の日本人と今の日本人では、囲碁に対する認識が違っているのではないか?という事を書きました。
 現代では、普通一般的な囲碁に対する認識は、恐らく「ゲーム、レクリエーション」等では無いかと思います。

 一方、ゲームというと、日本ではお家芸?のテレビゲーム等を連想する人も多いと思いますが、ゲーム理論という用語がありますが、海外では頭脳ゲームそのものを、教育補助に役立てようという思想を持っている節があります。
・トンプソン中学校レポート
・アメリカの公立小中学校の子供達に囲碁を教えた結果の報告書
国際マインドスポーツ協会―IMSA設立へ

 目を転じて現代日本では、というと「棋力至上主義」の様な状況となり、これが入門者の排除に繋がったり、囲碁を教えると言うよりも、自らの棋力向上を…来年は○段を目標に、といった状況になっているのでは無いでしょうか。
 これが、囲碁=ゲームという認識になっている大きな要因では無いかと思います。

 NHKニュースで報道された様に、囲碁で前頭前野が活性化する事が証明されたのに加え、情緒や感性を司る右脳も活性化します。
 そして、更にもう一つ付け加えるならば、囲碁そのものに、様々な示唆的要素があります。よく人は「囲碁は人生の縮図だ」と言いますが、これだけは中々、囲碁を知らない人から見れば、囲碁好きの大言壮語・妄言にも聞こえるかも知れません。

囲碁は経営に似ている?

 初心者の内は、石を取る事に集中する傾向があります。それは、理解がし易い・判りやすい為でもありますが、しかし、目が慣れていないので、石を取る事に夢中になる余り、自分の石の断点が出来ても気が付かず、「取ろう取ろうは取られの元」という格言どうりの結果を招く事になります。

 同じ様な事を繰り返して痛い目を見た後に、少しずつ開眼して行く訳ですが、初心者程近視眼的になっていて、全体を見渡しての判断が、出来難い性質を持っています。
 これは自分自身でもそうだったし、他の多くの初心者の対局を見ましたが、同じ傾向を持っています。

 例えばある部分的な局地戦で、初心者なら何度か手を入れて、相手を倒そうとします。しかし、上手の人は相手を小さく活かすか、捨石にしたりして、より大きなところへ進む事をします。
 もちろん、全体を見れている場合ですから、状況によって必ずこの通りとは言えませんが、強い人程大局観に優れている点は、間違いないでしょう。

 欲張ったり気負ったりすると負ける、不思議な囲碁ですが、こうした点等を通じて、経営者の方の多くは「囲碁は経営に似ている」という事を述べています。
 ビジネススクール等を手がける、グロービスの堀義人氏も、そういった自論を持つ人物の一人です。

囲碁を基礎体力作りに

 現代社会で問題となっている事柄は、前頭前野の働きとかなり関連性がある様に感じられますが、囲碁自体にそういった問題を克服して行くだけの可能性を多分に秘めていますが、囲碁を打ちさえすれば道徳観が向上する訳でも、数学や社会の成績がよくなったり、起業できたりする訳では、無論ありません。

 しかし、野球選手やサッカー選手がランニングをするのも、別にそれで技術が向上する訳ではなく、体力作りの為に行っている訳です。
 如何に技術面に優れている選手でも、10分と持たずに肩で息をする様では、試合には出れないでしょう。
 その為の基礎的な体力作りの為であって、囲碁も学生や社会人の為の、脳の基礎体力作りとして、ランニングの役割を果たすのでは無いかと思います。
posted by SeaChild at 18:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁普及| Edit

2006年02月13日

囲碁普及 学校教育に囲碁2

 先日、NHKにて次ぎのニュースが報道された様です。NHKニュース(囲碁で前頭前野が活発に)中々タイムリーなネタでしたが、東北大学―川島隆太教授の調査によると、どうやら囲碁によって、想像力や感情の抑制などを司る、前頭前野が活性化されるのが確認されたとか。
 脳科学の専門家では無いので、右脳の活性化など、そちら方面を考えていましたが、前頭前野の重要性…これは案外、相当なものかも知れません。

 何故なら、前回の投稿にある様に、○×試験では子供の想像力や問題認識、主観性に基いた判断力を奪ってしまう、といった事以外に、盲目的・受動的な受け取り方と、結果が良ければ良い、という答えに至るまでの経過の評価が無い事になります。

 簡単に言えば、色々考えた結果導いた答えと、勘やサイコロで出した答えも、合ってさえいればそれで良いという事に成ります。そこまで行かなくとも、概ねこういった問題は記憶力に委ねられる部分が多く、左脳が働けば割と結果はでるのでは無いでしょうか。
 教育だけの問題ではないですが、北大医学部の澤口俊之教授が以下の様な事を述べています。
「問題意識がない、指示を待っているだけ、計画性がない、というような学生が増えました。あきらかに前頭前野の働きがにぶっているような学生が多く、研究どころではないという状況です。これは、各大学の教授の集まりでみんなが一致する現場の意見です。だから、今の大学院生は、入ってきて2年くらいは前頭前野の働きを高めるような教育から始めます。いろんなプログラムを各学生にあわせて毎日行い、研究者としての土台を作るのに2年かかるんです」

 右脳の強化が、感性や情緒といった面に対して働きかけるという事は知っていましたが、人間と他の動物との脳の違いは、発達した前頭前野があるか無いか、という事の様です。
参考リンク
脳の基礎知識
前頭前野・教育システム
ニュースリリース(囲碁と脳に関する研究)
 他、以下に囲碁に関する特徴などをまとめてみました。

  • 何も無い状態からの構築
     初め盤上には何も無く、また碁石そのものは、決められた役割が無い為に、一手一手の積み重ねによって、初めて役割を与えることが出来る。
  • 主観的な想像力
     サイコロその他偶発的な介入が無い為に、判断は全て対局者自身の判断に委ねられる。
  • 全体的な構成力
     局部的な勝利の積み重ねで勝つというよりは、常に全体的な構成力が要求される。つまり、近視的な見方よりも、常に先を見た大局的な構成力が要求される。
  • 自由な着手による、独創性
     ルールそのものは、極めて少なく自由度が非常に高い(※参照)その為、対局者独自の発想が発揮されやすい。
  • 想像力・感性を磨く
     実際には打たない状態で、仮にここに打つ、相手の応手はこう来るとすれば、こちらに打つべきか?といった、頭の中で行う想像力が必要になり、同時にパターン認識能力も養われる。
     また、全体のバランスを考慮する等、感覚・感性なども要求されてくる。

  • まだ色々とあるでしょうが、ざっと見てもこれだけのものが要求されて来ます。当然ながら要求されるという事は、繰り返す事により強化・鍛えられるという事に成ります。
     老人の認知症にも効果があると言う事なので、対人対局といえば、全国の碁会所等もこれによって、賑わいを見せるキッカケになるかも知れませんね。
posted by SeaChild at 19:25 | Comment(0) | TrackBack(2) | 囲碁普及| Edit

2006年02月10日

囲碁普及 学校教育に囲碁1

 今まで幾つかの学校で囲碁を教えているという話題がありましたが、これに関しては賛否両論があると思います。
 囲碁という優劣の付くものを、教育の場に持って行くのはどうか?という意見もあると思いますが、これに関しては教科の一つとして捉えるのでは無く、あくまで教育補助の一環としてという意味になると思います。
 授業であった事柄…或いは試験にでるもの、という事を思い起こせば、どうも記憶力?もしくは要領の良い人の方が成績が良いのではないか?そして、試験を過ぎてしまえば、そんな事など忘れてしまうのではないか?という気がします。囲碁は、記憶するという点では大したルールを持ち合わせず、尚教育にとって重要な、主観性・創造する力を育てるという面があります。

戦時中のドサクサで生まれた○×試験


 ルーズベルト政権の頃1941年から始まる第二次世界大戦の中で、軍需拡大による一般労働者・技術者の大量採用が急務となりました。
 その為、採用試験に際して、処理のスピードアップという名目で、○×試験が行われるようになり、それが1947年に、教育の現場にもSAT―「全米共通進学適性試験」というものが実施されるようになります。
 この試験方法は、科学的・客観的な評価に優れるという事でしたが、大分前にアメリカの教育界では大問題となりました。
 
 問題1「○○に関して正しいものを、次の5つの中から選びなさい」といった形式で出される試験には問題そのものを自分で選べない、5つの中からしか正解を選択できない、という短所があり、子供にとって想像力、観察・洞察力といったものを奪ってしまうのです。
 
日本に持ち込まれた二元論的思考

 
 戦後GHQによって、様々な事柄が改変されました。ドイツのワイマール憲法を写して、僅か2週間で日本国憲法が誕生しました。
 教育界にも、上記の試験方法が導入される事となりました。しかし、この試験方法では「一方的な情報=教育の詰め込み、詰め込まれた情報の中からの選択=試験の解答」という人間の危機管理能力、問題点はどこかを探す力、主観に基いた意見、想像力を消し去ってしまうのです。
 むろん、教育だけの問題では無く、恐らくはテレビ、ゲームと言った一方的な情報をただ享受するだけというメディアの氾濫など、色々な点にある事でしょう。

 また、経済活動をする内に、サービスの強化、便利さの追求がなされた事も一要因としてあったと思いますが、人間は徐々に依存性が高くなり、更に悪い事に、何かが間違っていると思う、しかし、それが何でだか判らない、といった判断力や問題点を自ら見極める力を失っているのです。
 
 囲碁はその問題に関して、一石を投じ得るのではないか?という気がします。次回はその点に関しての考察にしたいと思います。
posted by SeaChild at 23:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁普及| Edit

2006年02月08日

囲碁普及 囲碁が10倍おもしろくなる本

 題名どおり囲碁が10倍おもしろくなる本を読みました。
 前回の投稿にあるように、初心者というか、囲碁を全く知らない人でも、案外「囲碁って陣地を囲っていくゲームでしょ?」という事は知っていたりします。

 随分前から、こうした事が言われて、且つそう教えていたのだと思います。同著には、最盛期1200万人いた囲碁人口が、僅か12年で800万人も減少してしまった。という事に触れています。
 実は自分も、この間多くの囲碁ファンが他界してしまったのでは無いか?と考えていたのですが、それも勿論あるでしょうが、大きな要因として、囲碁を習い始めた初心者が挫折したのが原因ではないか?と述べておりました。

 確かに、囲碁を習得する事に関して、初期には特に難しいと感じたりします。しかし、難しくする原因というものが、実は「囲碁とは陣地を取り合う陣取りゲーム」「囲碁の勝敗は囲った陣地の大きさや数で決まる」と表現する事に問題があるのではないか?という定義をしています。

 なるほど…と思いました、凄い着眼点です。確かに囲碁を覚える時に、先ず教えられるのが陣地の取り合い、及びアタリ等に関してで、初心者同士では先ず、その陣取りという言葉から受けるイメージが、全く囲碁の進行とは違っている点、更にプロの対局になると、もっと難解になるという点があります。

 これに関しては、代案として「囲碁とは石を囲うゲーム」「勝敗は生きた石の大きさや数で決まる」と定義しているのです。成るほど…この方が、対局を観戦していても、判りやすいのです。
 何故かと言えば、囲碁の入門書にある様な、綺麗な形の陣地というのは、実際にはまず出来ない、相手も自分も入り組んで、どこが陣地取りなのか?という状態に陥ってしまう為です。
 その点では、むしろ「ここが囲えそうだ」「ここが囲われそうだ」という目で見る方が遥かにわかり易いのです。
 具体的には、同著を読まれる事をお勧めします。以下簡単に教え方という点をご紹介すると


  1. 入門は「9路盤ポン抜きルール」以外、一切ほかのルールは説明せず、好きなだけやらせる
  2. その間に絶対対局者の手について、色々口出しをしない
  3. ポン抜きを行う内に、次第に目が肥えて行き、勝負が決まらなくなってくる
  4. 100回以上行った上で、絶対に取られないワザ(目が二つで生き)を教える
  5. 上記の様に、疑問が生ずる→教える…という事を繰り返す事で、自然に囲碁を覚えてしまう

 といったものです。また、その他様々な事柄に関して言及されていますが、曰く碁会所には、初心者を排除してしまう、もしくは級位者に冷たい所が多い、直ぐに対局者の打った手色々と口出しをしてしまう、マナーの悪い人が居る為、子供達に囲碁を教えようとしたら、マナー悪になって帰ってきた等が、事例を元に紹介されています。

 囲碁人口の衰退に関しては、棋院に全く問題が無いとは思いませんが、恐らく、こういった文化が出来つつあった事が、囲碁人口の衰退の要因の一つとして、深く関わっていたのではないかと思います。
 現在では、様々な碁会所でこういった点に気づき、初心者大歓迎!という所も増えて来たそうです。

 また、同氏は棋力認定は自由に行い、免状の取得に関しては、マナーに対して一定以上クリアした方にのみ認定してはどうか?と提言しています。
 なるほど、棋聖とは人格的にも優れた人に与えられるという事を、何処かで読んだ気がしますが、そういった人物に町や碁会所の名誉棋聖として、免状を取得して頂きたい様に思います。
posted by SeaChild at 23:38 | Comment(0) | TrackBack(1) | 囲碁普及| Edit

2006年02月02日

囲碁普及 NHK杯について

 新春お好み対局に出演された、ゴスペラーズの北山氏と大相撲の普天王関の会話の中には、随分示唆に富んだものが含まれていた様に思います。

    Q.囲碁を始めたキッカケは?
  • 北山氏「親戚に打つ人が多くて、子供の頃から見ていて面白そうだな、と感じていた為」
  • 普天王関「ヒカルの碁」を読んで(これは番組内で語られた訳では有りませんが)
    Q.どういった形で始めたか?
  • 北山氏「周りに打つ人が居らず、携帯用ゲーム機で、これなら自分一人で出来ると思って始めた」
  • 普天王関「周りに打つ人が居らず、ネット碁で打ち始めた」

 以上が、会話の中で出て来た主だった内容ですが、キッカケは様々だと思いますが、どういった形で始めたという点については、恐らく多くの人が同様の経緯を辿っているのではないか?という気がします。

 周りに打つ環境が無い(碁盤や碁石等が見当たらない)、打つ人が居ない、といった事は当然非常にマイナスです。
 また、北山氏の様に少なくとも、環境はあったにも関わらず、周囲の大人が積極的に教えようとしなかった。という事もあると思います。

 例えばキャッチボールの様に、子供相手では拙いキャッチボールしかならないにも関わらず、相手をしてあげる大人は多いですが、囲碁の場合は大人同士で楽しんでしまっているのでは無いでしょうか?

 逆に言えば、北山氏が「なんとなく楽しそうだ」と感じたのも、大人達が楽しんでいた為かも知れません。
 今現在、それ程多くの碁盤が出回っていない為、誰かが囲碁を始めるキッカケ、もしくは目にする機会と言えばNHKでの囲碁対局では無いかと思います。

 ところが、これがまた逆に、囲碁が難しいとか地味だと感じられてしまう、大きな要因でもあると思います。
 碁を打つ人に対して、一番目にし易い場である筈のNHK杯が、逆に囲碁を知らない人を遠ざけてしまう要因に成りかねない、というのは皮肉ですが。
 とはいえ、これを面白おかしく、また初心者が分り易い様に、毎度毎度「アタリ」から説明したりしていては、とても現実的ではありません。

 ヒカルの碁のヒットを見ても分るように、動機やキッカケと言ったのもは、やはり「面白そうだ」とか「やってみたい」と思わせるようなもので無いと、成らないと思います。
 その点で、毎週毎週放送されるNHK杯では、その重要度も大きいように感じます…が、意外にも、囲碁は陣取りゲームらしい…と何となく概要は知っている人は居ますが、局面を見て何がなんだか判らない、という人だけです。

 ただでさえ、プロ対局では分り難い局面になり易いという事もあって、前回の様な判断を助けるアプローチもあった方が良いと思います。
 これとは又別に、年齢性別国籍を問わず観覧者を募って、公開対局になったら面白いと思うのですが…
 その際に、時折見学の子供に感想を尋ねるとか、質問に回答する等あれば、ある程度初心者向けの解説になるのと、何より視聴する人に対して、たとえチャンネルを変えている内に偶々見た様な人に対しても、決してチンプンカンプンなものでは無く、子供でも参加して質問したりしているんだ、という従来のイメージの払拭に役立つであろうと思うのですが。
posted by SeaChild at 23:33 | Comment(0) | TrackBack(1) | 囲碁普及| Edit

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